大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和22(れ)59 判決

主 文

本件上告を棄却する。

理 由

弁護人林徳太郎上告趣意書第一点原判決は理由不備か然らずんば採証の法則を誤

り以て重大なる事実の誤認を為したることを疑ふに足るべき顕著なる事由あり破毀

を免れざるものと信ず。

(一) 原判決に於て「(前略)右Aが毎晩のように小便を漏らし剰へ同年五月頃

からは下痢のために度々大便を漏らすことがあつたが被告人はこれに対して十分な

手当を加へてやらないのみか……(中略)……極度に衰弱して歩行すら困難の状態

になつたにかゝわらず何等これに対して医療の手を加へようともせずに放置し云々」

と判示し以て之が事実認定の証拠として被告人の予審第二回、第三回の訊問調書に

於ける供述記載と鑑定人Bの鑑定書又は供述を援用したり然れども右判示理由並に

其の証拠は判決に重大なる影響あり且つ被告人に利益なる事実並に証拠を無視した

る重大なる事実の誤認ありたるものにして即ち本件記録上明かなる如く被告人は其

の家族五人で六月二十七日頃佐渡郡a町C方に赴き約一ケ月間滞在し其の間七月四

日a町のD医師にAを診察せしめ二日分の薬を貰ひたる事実に関する供述(被告人

第七回警察聴取書中「七月初の頃と思ひますがAは大部痩せて来たのでEに言ひ付

けてa町のD医院で診て貰ひました処此の子供は喰つても喰つても痩せる病気に取

りつかれたと言つて居られたそうであります。」との供述記載又第一審第一回公判

調書中の被告人訊問に於て「問、Aが下痢をしたり其様に痩せ衰へた事に対し医師

に見せた事があつたか。答、佐渡に居た時Dと云ふ医師に一度丈け見て貰ひました

丈けです。」との供述記載)並にこれが事実を証する証拠として関係人の警察聴取

書中D医師、E、C各関係人の聴取書然かも之等の聴取書は第一審第二審公判に於

て証拠調為されたる歴然たる証拠を無視したるものなり。而して此等の証拠によれ

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ばD医師は幼者Aの病状を「腸カタル」と診断し下痢止めの薬を与へ特に摂食する

よう注意したることを推認し得べく被告人は其の医師の注意を心得て幼者Aに対し

て摂食に注意したる事実あり。果して然らば原判決理由に於て又摘示証拠に於て前

記証拠に反する事実のみを挙示し以て「幼者の生存に必要な保護を与へず因つて…

…(中略):…栄養障碍による衰弱のため死亡するに至らしめたものである」と判

示したるは判決に重大なる影響ある重大なる事実の誤認ありと云ふべきか然らずん

ば理由不備と称すべく原判決は破毀を免れざるものと信ず。

(二) 前記原判決判示理由の証拠として「原審第三回(第二審第三回)公判調書

中原審証人Bの供述として……(中略)……その胃腸疾患は栄養物の採取不十分の

ために起きたものでそのための栄養障碍ではないかと考へられる。なほ死体解剖の

際胃中に多量の不消化物が残つていたがこの事は疾患に対する手当が不十分であつ

たものとも考へられる。このような場合に保護者として執らねばならぬ措置は先ず

医師の診断と治療を受けてその指示により消化し易い栄養物を十分に与へることで

あつて……(中略):::長い間の栄養障碍とそれに対する十分な手当を加へなか

つた結果云々」の記載を援用したり。然れども原判決は右援用証拠の価値判断を誤

りて援用せられたるものと信ず。即ち「栄養物の採取不十分」と抽象的に云ふも是

は専問の医学上に於ては具体的に何を意味するや又社会通念上に於ては何を意味す

るや延いて被告人がAをして其栄養物を取らしめ得るに拘らず取らしめざりしやも

考へざるべからず胃腸疾患の際に取らしむべき栄養物を専門医学上の栄養物の意に

解せば其の栄養物は特別の知識経験を有する医師以外は之を知らざるは当然にして

然かも此の証言中に之を具体的に指示せざるに於ては裁判所と雖も之を知るに由な

し。又栄養物の語を吾等の社会通念上の栄養物の意に解し更に消化し易い栄養物と

消化し難き栄養物とに区別して考ふるに消化の易い栄養物とは如何なるものを意味

するやお粥、牛乳、スープ、卵、魚肉の如きものを意味するや若し然りとせばお粥

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を除き他は客観的に絶対需要不可能とも称すべきものなり。何故被告人の犯罪地b

鉱山は山間僻地にして鉱山の職員以外商人の居住せざる所なり。従つて一から十迄

鉱山より配給を受けたるもののみにて生活せざるべからざる土地なり。加之交通不

便と戦時下B29の飛来頻繁にして遠くc町ヘヤミの買出しにさへ出掛け難き時節

なることは公知の事実又は裁判所に顕著なる事実と云ひ得べきが故に被告人は本件

記録上の証拠として明かなる配給表による配給品以外は殆んど入手不可能なる状態

なり。然かも配給表による配給品を一覧せば社会通念上消化し易い栄養物を配給し

たりや、米以外なしと称するも過言にあらず。されば米によるお粥と野菜、味噌醤

油のみにて消化し易きものと云ひ得るとしても果して栄養物と云ひ得るや若し然り

とせば当時所謂栄養失調症は世間になかりしなるべしと内科専門医は断言す。又「

栄養障碍の原因は消化器官の疾患によるものと判断したが其の胃腸病は栄養物の採

取不十分のために起きたもので云々」との外科医専門としての証人の証言も他の内

科専門医は矛盾も甚しき証言なりと批評せり。

即ち栄養物は採取不十分の為めに胃腸疾患を生ずるものに非ずして逆に胃腸疾患

ある場合に栄養物採取不十分となり延いて栄養障碍を起すものなりと批許せり。宜

なるかな原判決が援用したる前記証人Bの証言中の他の部分に右批評と同一のこと

を証言す(原審第三回公判調書中証人B証言)即ち

「問(前略)医学上一般に栄養障碍の原因となる場合は如何。答、それは一、栄

養物の採取不十分の場合或は全く与へぬ場合 二、消化器官の疾病ある場合(中略)

問、Aの栄養障碍の原因は右の中何れの場合に該当するものと判断したか 答、私

の屍体解剖上から判断した処によりますと胃腸の症状がありましたので消化器官の

疾患によるものと判断しました」とあり前記栄養障碍の原因の第二に属すること従

つて消化器官の疾患により栄養採取不十分となり延いて栄養障碍を起す場合に該当

することを明言せるに拘らず之を一見矛盾する同一証人の証言中の他の判示援用証

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言を採つて以つて証拠と為したるは如何に採証の自由ありと雖も明かに原判決が不

当に証拠を判断し以つて重大なる事実の誤認を為したるものと謂はざるべからず。

故に本件は栄養物を与へざりしことを以つて幼者に必要なる保護を与へざりしこと

に重点を置き考察すべきにあらずして食の如何を問はず医師の診断施薬其の他の被

告人の心遣ひが幼者Aに払れたりや換言すれば前記判示証拠の「この様な場合に保

護者として執らねばならぬ措置は先づ医師の診断と治療を受けその指示により云々」

の点に重点を置き医師に診断せしめたりや其の指示に従ひたりや等に着目すべきも

のと信ず。然らば前記上告理由第一点(一)の主張の如く被告人は七月四日幼者A

をD医師に診察せしめD医師は「腸カタル」と診断して下痢止めの薬を二日分調剤

交付したること一件記録に明かなるも唯D医師が如何なる指示を与へたるかはD医

師の警察聴取書では具体的には不明にして単に「私が診察した時は非常に病状が悪

く栄養障碍が甚しく」と陳述し居るのみ而して此の陳述に疑問あるは「非常に病状

が悪い栄養障碍」に対し単に「腸カタル」と診断し下痢止めを調剤したることであ

つて是は吾人の医療上の経験からしても誤診せるものか病状を軽く診察したるもの

の如し。此の点に就き原審証人Bの証言中にも「問、Aが佐渡で医師に診て貰つた

処一月や二月では治らぬ食物の量を定めて与へろと云はれ「腸カタル」と診断され

て二日分の下痢止を与へたと云ふ事であるが夫れは重い栄養障碍と診ての手当か」

答「夫れ丈けなれば割合に軽く診ての手当と思ひます」と証言し之を裏書す。

而して現在死亡せずD医師の右の如き指示の如き内容暖昧を証人Cの証言(第一

審)即ち問「証人方に滞在中Aを医者に掛けた事があつたか」答「度丈けありまし

た」問「其の時の模様は」答「夫れはAが私方に来てから僅か経つた時であつたと

思ひますがAはお腹を下すし先程申上げた様に幾ら食べさせてもだんだん痩行く様

であり元気が無くて外で友達と遊ぶ様なこともなかつたので一度医者に診て貰つた

ら様子が判るだらうと云ふことでフミがEに云ひ付けEがAを連れてa町のDと云

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ふお医者様に行つて診て貰つたのであります。Eが帰つて来て云ふにはお医者様に

診せたらお医者様は此の子は食物を幾ら食べさせても身にならぬし大体食べ過ぎる

のではないかと思はれるから之れからは好い加減にして食を極めて食べさせる様に

しろと云つたとの事でありました」とあるに徴し考覈せば摂食を指示したるものの

如く証人Bの証言の如く消化し易い栄養物を十分に与へることを指示せざることを

推認し得べく証人Eの証言によるも亦同様の推認を為し得べし。

果して然からば被告人は幼者Aに対し証人Cの証言「問、医者に診せた後はAに

対し何の様な手当をしてやつたか」答「貰つて来た薬を飲ませた外は別段手当をし

ませんでしたがお医者様の云ふ通り食を極めて食べさせようと云ふので其の後は朝

と昼はお粥を二膳か二膳半位晩は御飯を軽く二膳位食べさせて居りました」とある

如く摂食に注意しつつありたることを推認せらるべし。斯かる被告人の行為が十分

な手当とは言ひ難からんも為めにAの症状が益々激しくなつて死に致つたものと云

ひ得るであらうか。前掲同判示証言中の「解剖の際胃中に多量の不消化物が残つて

居たがこの事は疾患に対する手当が不十分であつたものとも考へられる。この様な

場合に保護者として執らねばならぬ措置は先づ医師の診断と治療を受けその指示に

より消化し易い栄養物を十分に与へることであつて結局Aの場合は其の最初の原因

は死体解剖丈けでは判らなかつたが長い間の栄養障碍とそれに対する十分な手当を

加へなかつた結果その症状が益々激しくなつて死に致つたものと考へられる」旨の

記載は栄養障碍に対する十分な手当を加へなかつたことは死との間に相当因果関係

ありと認めたるものの如し。然かれどもこの証言は特に慎重に御研究を請求する次

第である。外科専門医である右証人の証言によれば「十分の手当」とは其の前文の

「医師の診断と治療とを受け其の指示により消化し易い栄養物を十分与へる」こと

を意味し又手当が不十分とは幼者Aを解剖の胃中に多量の不消化物が残つて居たこ

とを意味すること明かなるも其の不消化物とは何を指示したるものなるや不明なり。

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若し此の不消化物を幼者Aが死亡の前夜嬉々として遊びながら食べた「トコロテ

ン」又は「ユデ豆」を指すものとせば斯かる食物は栄養価なくとも胃腸の負担を重

からしむる不消化物にあらざることを他の内科専問医の説明する所なり。又被告人

が十分の手当を加へなかつたのでなく加へ得ざりしものなり。何故本件記録上証拠

とせらるゝ配給表にある如き配給品より他に入手不能の僻陬の交通不便の土地であ

り而も八月中は時恰もB29の飛来盛んにして昼夜の別なく落つく暇なき時でもあ

り各人到底身辺を良く顧みる遑なき時であり従つて注意が行き届かなかつたのであ

る。唯終戦後は医師に更に診せ得べき時であつたが而し万人共に自失呆然とし人間

的感覚を失へる時であつたことは吾人の経験上明かなるが故に被告人が前回佐渡の

D医師の指示による摂食と幼者Aが痩せこそすれ一度も熱を出したることもなく、

病床に臥したることなき等(一件記録上明かなる事実)に気をゆるし居りたること

が換言すれば認識なき過失状態が重大なる結果を招来し本件犯罪に重大なる因果関

係ありと誤認せられたるものなりと信ずと云うにあるけれども、原判示証拠によれ

ば、原判示事実は優にこれを証明することができ、原判決には採証上の法則に違背

した廉もなく、又、理由不備の点もない。尚、原判決の事実認定を非難する所論は

日本国憲法の施行に伴ふ刑事訴訟法の応急的措置に関する法律第十三条第二項の規

定により、適法な上告の理由と云うわけにいかぬ。論旨はいずれの点から云つても

理由がない。

同第二点原判決は刑事訴訟法の応急的措置に関する法律による不当に長く抑留若

しくは拘禁したる後の被告人の自白を証拠としたる違法あるものにして破毀を免れ

ざるものと信ず。蓋し被告人は本件記録に明かなるが如く九月六日(或は五日)よ

り警察署に拘束せられた後、検事、予審判事の取調終了迄拘束し其の問聴取書を取

ること八回次いで検事の取調一回を経て九月二十日に第一回予審判事清水喬平の取

調を受け同月二十四日第二回翌二十五日に第三回十月六日に第四回と訊問取調を受

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けたり而して予審判事の第二回、第三回の取調を開始する迄被告人は既に拾八日間

も警察に拘束せられ居りたるものなるが故に原判決が判示理由の証拠として援用し

たる予審第二回第三回の訊問調書に於ける被告人の供述記載は不当に長く拘束した

る後の自白として証拠力なきものと信ず。殊に予審第二回第三回調書記載は因より

他の調書に於ても被告人が佐渡a町滞在中D医師に幼者Aを診察せしめたることを

全然訊問せず取調を終了したるは如何に不当に被告人の供述が不利益に記載せられ

居るかを知ることを得べしと云うにあるが、被告人に対する身体の拘束がたとえ所

論の如き期間に亘つて為されたとしても、本件事案の性質その他諸般の情況にかん

がみても、これをもつて不当に長い抑留若しくは拘禁と云うことができないので、

その期間内に為された被告人の供述を録取した予審第二回及び第三回訊問調書の記

載を採つてもつて被告人に対する断罪の資に供した原判決の措置を目して、所論の

刑事訴訟法の応急的措置に関する法律第十条の規定に違背するものと云ふことはで

きない。所論は畢竟独自の見解たるに過ぎない。論旨は理由がない。

同第三点原判決が被告人に対し検事求刑通り三ケ年の懲役を言渡したるは甚だし

く不当なりと信ずべき顕著なる事由あり以下之を列記し以て破毀の理由とす而して

其事由を先づ(一)事件の性質より観察したる事由(二)時の社会状勢より観察し

たる事由(三)被告人の家庭の事情より観察したる事由に大別して陳述す。

(一)事件の性質より観察したる事由。

(1) 原判決は被告人が幼者Aに対し大小便を漏らす毎に又は紙幣を盗んで破棄

する毎に減食したり暴行を加へたりとし以つて幼者生存に必要なる保護を為さざる

一理由とせり。被告人は幼者Aに対しては継母なるも仮令実母にしても大小便を漏

らす場合は七歳ともなれば病床になき限り腹立たしくなり気を付けさせる意味にて

「ツネツタリ」叩いたりする事は吾人が日常自己の小児に対し試みる所にして世間

的にも亦常に見る所なり。況んや盗癖に対しては当然なり。世に犯罪行為と見らる

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ゝものも亦之を分析して観察する時は二様に観察する事が出来る。(一)は本人の

悪徳を満足せしめんが為めに為したる場合と他は本人の美徳の欠陥に基く場合とあ

り前者は例へば遊興の為め窃盗を為すが如く後者は親に孝行せんが為め窃盗したる

が如し。本件に於ても被告人の幼児Aに対し為したる行為は気を付ければ為さずに

済むだらう又は斯くすれば治すだらう等の心遣ひから小便又は大便垂れの癖或は盗

癖を匡正せんが為めに為したる行為にして其の意味なる事は一件記録の警察聴取書

予審調書にも良く被告人は陳述せる所多々あり唯其行為が外見上粗野にして且つ世

間的に継母の仕業と白眼せらるゝ立場にありたるが為め曲解さるゝものなり。之が

下層階級の実母の為したることであつたならば絶対に問題になるべき程度のものに

あらずと信ず。

(2) 子供七歳頃は昔から諺にも「路端の犬の糞にも笑はれる」と云う程腕白盛

りで親の云ふ事に聞き分けのない時代で若し更に悪癖がある場合は時々世間体を問

はず感情に走り多少の懲戒的行為は止むを得ざるものと信ず。然かるに長らく拘束

中訊問したる警察官予審判事は斯かる心情には同情せず、一回の減食一回の打擲を

も凡て被告人の悪徳悪意に解し延いて継子殺しの手段に解したるは余りにも無理解

過ぎ吾人の実験則上理解に苦しむ所なり。

(二)時の社会状勢より観察したる事由

(1) 原判決は被告人の本件刑責を負担すべき時期を昭和二十年五月頃より幼者

Aの死に致る九月三日迄とす。

(2) 此期間は新潟県下はB29の飛来頻繁にして昼夜の別なく空襲警報かかり

殊に終戦間近く特に甚しく人間の注意力も戦争以外の事には至つて散漫の状態に在

り。

(3) 食糧品は栄養価値を考へざる配給品であり殊に犯罪地b鉱山の如き山間僻

地に於ては文字通り配給品以外入手困難の土地なるが故に配給品のみにては当然何

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人も次第に知らず知らず栄養失調になり易く従つて幼者Aの如きも被告人の所為に

関係なく栄養失調に陥り居りたるものにあらずやとも思はる。

(4)兎も角当時は社会状勢が窮迫し居り悪化し居りたるが故に被告人に限らず万

人の行為に就ても此の社会状勢を充分参酌して評価してやらねばならぬ時勢なるに

本件に於ては少しも此点を考慮せず平時に於ける善良なる管理者の注意義務を要求

して事実判断を為せるは被告人に対しても酷に失す。

(三)被告人の家庭の事情より観察したる事由

(1) 一件記録上明かなる如く被告人の内縁の夫Fはb鉱山の人夫募集下請人に

過ぎず従つて其生活は下層階級に属して居るものと言ひ得べく而も其の内縁の夫が

応召後(昭和十九年十二月三十一日)は一家の生活の支柱を失ひたるものなるが故

に其の後は収入なく僅かの貯蔵物資と少額の貯金により生活するの外なく、斯くて

は其先幾ケ月を生活し得るや時期の問題であり一物一銭たりとも倹約して生活せざ

るべからざる窮地に在り従つて家族全部が有り合せの食事をせざるべからざること

加之被告人自らは昭和二十年五月上旬一子を出産し産後の肥立も悪く四十日間も病

床にありし故多少心気亢進しつゝありと推認ぜらる。

(2) 斯かる家庭事情に於て幼者Aに十分なる手当を加へ得ざることは当然にし

て敢て悪意の仕業と考へることは無慈悲も甚しきものなり。

(3) 被告人も斯かる生活を為し来りたるが故に第一審々理中より肺浸潤に罹り

来り未だに全快せず(一件記録中公判延期の際疏明書類として診断書添付す)此の

病気も畢竟栄養失調より次第に抵抗力を減じたるの結果罹りたるものなり。

(4) 今は内縁の夫とも別れ被告人の幼児三人を抱え日々の生活にも事欠き居る

に若し被告人にして三ケ年労役に服せんか後に残されたる子供三人は誰も面倒を見

るものなど、此事を忍び被告人は日夜懊悩として苦しみ居る次第なり。

以上の事由を綜合考慮せば幼者Aの死を被告人の責に帰し傷害の罪に比較し重き

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に従つて三ケ年の懲役に処するは全く同情なき次第にして須らく二年の懲役に減刑

し執行猶予の恩典を与へらるゝことこそ威厳ある裁判に一段の生きたる光彩を放つ

ものと信ずと云うのであるが、原判決の刑の量定を攻撃する本論旨は日本国憲法の

施行に伴う刑事訴訟法の応急的措置に関する法律第十三条第二項の規定により、適

法な上告の理由と云うことはできないので、論旨はこれを採用するわけにはいかぬ。

弁護人鍜冶利一上告趣意書第一点原判決ハ理由不備ノ裁判デアル。原判決ハ其理

由ニ於テ「云々Aガ毎晩ノ様ニ小便ヲ漏ラシ剰へ同年五月頃カラ下痢ノ為メニ度々

大便ヲ漏ラスコトガアツタガ被告人ハコレニ対シテ十分ナ手当ヲ加ヘテヤラナイノ

ミカ却ツテ段々ニ同人ヲ僧ミ辛ク当ルヨウニナリ大小便ヲ漏ラス度毎ニ打ツ叩ク等

ノ暴行ヲ加へ且ツ食糧ガサシテ不足シテイタ訳デモナイノニ三度ノ食事ヲ二度又ハ

一度ニ制限シタリソノ量ヲ減ラシタリスルコトガ度重ナリ健康体ト同様ナ不消化物

ヲ与ヘテ居ツタ為Aハ漸次栄養障碍ニ陥ツテ痩セ衰エ」タモノデアルト判示シタ。

即チ上告人ハAが毎晩ノヨウニ小便ヲ漏ラシテ下痢ノ為メニ度々大便ヲモ漏ラスコ

トガアツタガ手当ヲ加ヘテヤラナイノミカ大小便ヲ漏ラス度毎ニ食事ヲ制限シタリ

ソノ量ヲ減ラシタリ健康体ト同様ナ不消化物ヲ与ヘテ居タ為Aハ漸次栄養障碍ニ陥

ツタト云フノデアツテ其証拠理由ヲ見ルノニ上告人ニ対スル予審第二回及ビ第三回

訊問調書ヲ唯一ノ証拠トシテ居ル。而シテ右訊問調書ニヨレバ「Aハ胃腸が悪クテ

時々下痢ヲシマシタガ大シタコトハナイノデ一度モ医者ニ見セナカツタ」(二二六

丁)「医者ニモ見セナイノハ悪イ事デアリマシタ」(二三二丁)トノ記載ガアリ上

告人ハAガ下痢シテ居ルノニ一度モ医師ニ見セナカツタ旨ノ供述ヲ証拠トシテ前記

ノ如キ判示ヲシテ居ルノデアル。然シ上告人ハ昭和二十年六月下旬ニEトAヲ伴ツ

テ佐渡へ行キ滞在中Aが下痢ヲ起シタノデa町ノD医師ニ診断ヲ受ケシメテ居ル此

事実ハ上告人ノ原審供述ニ「問、其ノ間ニAヲ医者ニ見セタカ答、ハイ診察シテ貰

ヒマシタ問、、ドウシテ医者ニ診セタカ答、水アタリカ何カデ腹ヲコワシタガ三日

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モ四日モシテモ下痢ガ止マル様子ガナイノデEニ医者へ連レテ行カシタノデス問、

然カシ夫レ迄ニモ下痢ヲシタコトハ度々スツタ様デハナイカ答、夫レ迄モ下痢ハシ

マシタガ其ノ時ガ一番酷カツタノデス問、ドウ云ウ診断デアツタカ答、医者ハ之ハ

食べ過ギタカラ余リ食べサセルト悪イカラ食物ヲ気ヲ付ケレバ良イト云フコトデシ

タ」(六七四丁)トアルノミナラズD医師ニ対スル聴取書ニモ七月四日Aヲ診察シ

腸カタルデ二日分ノ薬ヲヤツタ旨ノ供述記載ガアリ(三〇三丁)C(五七七丁以下)

並ニE(四八八丁)モ同様証言シ否定スル事ノ出来ナイ事実デアル。Aハ昭和十九

年十月頃大分カラ来タ当時ヨリ毎晩ノヨウニ寝小便ヲシテ居リ又脱腸ガアツテ普通

ノ子供ノヨウニ飛ビ廻ツテ遊ブ方デハナク痩セ型デアツタカラ冷エ性デ胃腸ガ悪カ

ツタコトハ想像スルニ難クナイ。

Aが大便ヲ漏ラシタ際ニ食事ヲ制限シタリ其量ヲ減ラシタリシタノハ同人ガ下痢

ヲ起シテ大小便ヲ漏ラシ別段発熱モナイノデ普通ノ下痢デアルトコロカラ食べ過ギ

デアルト判断シテ之ヲ治ス為メニシタコトデアル。発熱シタリシナイ限リ普通ノ食

過ギ或ハ冷込ミカラ来ル下痢デアルト考へ食物ヲ制限シタリ治癒ヲサセルノハ通常

ノ方法デアリ上告人モ此普通ノ考へ方ヲ実行シタニ過ギナイ。然カルニ佐渡へ連レ

テ行ツテカラ相当激シイ下痢ヲシタノデ心配シテ医師ノ診断ヲ受ケテ居ル。処ガ医

師ノ話モ普通ノ腹下シテ食べ過ギデアルカラ食物ヲ加減セヨトノコトデアツタノデ

上告人ノ考ヘテ居タコトト医師ノ意見トハ一致シテ居ル為メ大便ヲ漏ラス様ナ場合

食物ヲ制限シテ行ケバ自然ト治ルモノト考ヘテ居タモノニ外ナラヌ。換言スレバ上

告人ハ医師ノ診断ヲ受ケシメテ其意見ニ従ヒ食物ノ制限ヲシタノニ外ナラズ其レハ

Aノ下痢ヲ治ス方法デアル。現ニBノ証言ヲ見テモ「問、夫レデハ今迄普通ニ食事

ヲサセテ居タモノカ、左様ナ病気ガアル為三膳ノ飯ヲニ膳ニスル等ノ制限ヲシテ与

ヘルト云フコトハ何フカ答、一般ニハソウスルノガ普通ナノデアリマス」(五六三

丁)トアツテ斯様ナ場合食物ノ制限ヲスルノガ世間一般ノ方法ナノデアル。而カモ

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上告人ハ医師ノ診断ヲ受ケシメ其ノ診断モ自分ノ考ヘテ居タコトト同ジナノデ之ヲ

実行シタノでアルカラAノ下痢ヲ治サウトシテ為シタ事デアリ悪意ハナイモノト云

ハネバナラヌ又上告人ノ経験カラ云ツテモ同人ハ幼児父母ニ離レ六才ノ頃、G方ニ

貰ハレテ行ツテ子守等ヲシテ育チ小学校モ其合間ニ二年迄通ツタニ過ギズ読ミ書キ

モ出来ナイ有様デアツテ苦難ノ途ヲ辿ツテ成長シ熱モ無イ下痢位デ医師ニ診セラレ

タ事ハ無ク食物ヲ制限サレテ自然ニ直ツタ経験ヲ経テ来ツテ居ルノデアリ従ツテ他

ノ子供等モ同ジ様ナ方法デ育テテ来タノデアルカラ教養ノナイ思想ノ単純ナ上告人

ガ此ノ方法ヲ採ツタノハ自然デアル。故ニ佐渡デ医師ノ診断ヲ受ケシメタ事実ハ上

告人ガ単ニAヲ憎ンデ辛ク当リ食物ヲ制限シタノカ否カヲ判断スルニ付重要ナ点デ

アル。然カルニ原審ガ此ノ点ニ付キ一顧モセザルノミカ却ツテ一度モ医師ニ診セタ

コトハナイト云フ予審訊問調書ヲ証拠ニ引用シテ此事実ヲ全ク否定シタ上告人ハA

ノ下痢ニ対シテ手当ヲ加ヘテヤラナイノミカ同人ヲ憎ミ辛ク当リ食事ヲ制限シタ旨

判示シタノハ重要ノ点ニ付判断ヲ遺脱シタモノト云フベク理由不備ノ裁判デアリ原

判決ハ破毀ヲ免カレナイモノト信ズルと云ひ、同第二点原判決ハ又上告人ガ「依然

トシテ右ノ様ナ仕打ヲ継続シタ為メ極度ニ衰弱シテ歩行スラ困難ノ状態ニナツタニ

カカワラズ何等コレニ対シテ医療ノ手ヲ加ヘヨウトモセズニ放置シ」タ旨判示スル

ガ之ハ原審ガ第二点ニ述ベタ様ニ上告人ハAヲ一度モ医師ノ診断ヲ受ケシメナカツ

タト誤解シタ結果デアル。Aニ対シテハ佐渡ニ滞在中下痢ヲ起シタノデD医師ノ診

断ヲ受ケサセテ居リ同医師ハAノ下痢ハ食べ過ギダカラ余リ食べサセテハ不可イト

云ヒ上告人モ同ジ様ニ考ヘテ居タノデ食事ヲ制限シタモノデAノ衰弱ハ同人ガ漫性

ノ胃腸炎ニ罹ツテ居テ食事ヲ与ヘテモ栄養ノ吸収ガ出来ズ下痢シテ仕舞ウ結果デア

リ栄養障碍ノ原因ハ消化器ノ疾患ニヨル栄養吸収ノ不充分デ由来スルノデアル。而

シテ上告人ハD医師ノ診断ニヨレバ食べ過ギカラ来タ下痢デ食物ヲ加減シテ居レバ

治癒スルトノコトナノデ其言葉ヲ尊重シ之レニ従ツテ居タモノデアリ、元々教養モ

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ナク逆境ノ裡ニ他人ノ世話デ育チ余程ノ重態或ハ苦痛ヲ伴ウトキデナケレバ医師ニ

見セズ下痢ノ如キハ高熱ヲ発シ苦痛ヲ訴ヘル様ナモノデナイ限リ節食サセテ自然ノ

回復ヲ待ツノヲ常トシテ居タ。Aモ別段発熱ハセズ苦痛モ訴ヘナイノデ通常ノ下痢

デアルカラ食物ヲ控目ニシテ居レバ治ルト信ジeニ帰来シテカラ特ニ医師ニ診療ヲ

求メルコトヲシナカツタノデアル。故ニ上告人ハ悪意デ左様ナ措置ヲ採ラナカツタ

モノデハナク其境遇ト教養ノ不足ガシタモノト云フベク節食ハAノ下痢ヲ治癒シテ

ヤロウトノ考ニ基クモノニ外ナラズAノ生存ニ必要ナ保護ヲ与ヘマイトノ考ヘニヨ

ルノデハナイ。勿論佐渡ヨリeへ帰ツテカラモAノ下痢ハ治ラナカツタノデアルカ

ラ医師ノ治療ヲ受ケシムレバヨロシカツタノデアラウカ如何ナル程度ニ於テ医師ノ

診療ヲ求メルカハ其家庭ノ事情ニヨツテ異ナルトコロデアリ一般的ニ申シテモ都会

ト農村デハ非常ナ差アリ農家デハ高熱ヤ相当ナ痛ミデモ伴ハナイ限リ下痢位デハ医

師ノ診断ヲ受ケナイノガ普通デアル。医師ニ見セナカツタコトヲ以テ不当ナ処置で

アルト即断スルコト社会通念ニ反スルモノト云ハネバナラナイ。上告人ハAガ佐渡

ニ於テ下痢ヲ起シタ際D医師ノ診断ヲ受ケシメテ居リ其結果矢張リ食べ過ギニヨル

モノデアルコトガ判ツタノデ普通ノ腹下シデアルト考へ其後医師ニ診断ヲ求メナカ

ツタノデアルト認メルノヲ相当トスルニ拘ハラズ原審ガ上告人ハ何等コレニ対シテ

医療ノ手ヲ加エヨウトモセズニ放置シタモノトシテ遺棄ノ意思ヲ肯認シタノハ具体

的事実ノ審究ヲ怠ツタモノト云フベク理由不備ノ裁判タルヲ免カレズ原判決ハ破毀

セラルベキモノト信ズルと云うのであるが、所論はいずれも原判決に理由不備あり

と主張するものの、結局は原判決に事実認定に誤ありと非難する趣旨に帰するので

あつて、かような主張は日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の応急的措置に関する

法律第十三条第三項の規定により適法な上告の理由と云うことができないので、論

旨はいずれもその理由がない。

同第三点原判決ハ其ノ事実理由ニ於テ「Aハ極度ニ衰弱シテ歩行スラ困難ノ状態

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ニナツタニカカワラズ何等コレニ対シテ医療ノ手ヲ加エヨウトモセズニ放置」シタ

旨判示シ其証拠トシテ上告人ニ対スル予審第二回及第三回訊問調書ヲ挙示シテ居ル

ガ右訊問調書ニハ「Aハ衰イマシタガ寝テ居ル訳デモナク廊下ヲ歩イタリ外へ出タ

リシテ遊ンデ居リマシタ。元気ハ無カツタノデアリマス。九月一、二日ハ毎食一膳

位宛食ベサセ豆ノ御飯ヤ其ノ雑炊ヲ食べサセ云々」(二二八丁裏七行目以下)トア

ツテAハ死亡当日迄寝テ居タコトハナク廊下ヲ歩イタリ外へ出タリシテ遊ンデ居タ

旨供述シテ居ルカラ判示ノ如ク「歩行スラ困難ノ状態ニナツタ」事実ニ非サルコト

明カデアル。極度ニ衰弱シテ歩行スラ困難ノ状態トナツタモノトスレバAハ寝タリ

ジツトシテ居リ遊ビ行クコトハ出来ナイカラ上告人ガ如何ニ無智ナレバトテ其容態

ノ重大ナコトヲ知覚シ医師ノ診断ヲ求メテ居ル筈デアル。現ニ佐渡へ行ツタ折Aガ

下痢ヲシタノデD医師ノ診察ヲ求メテ居ルノニ見テモeへ来テ合宿所ニ入リ衆人環

視ノ中ニ在ルノデアルカラ尚更以テ然リト云ハネバナラナイ。歩行モ困難ナ状態ニ

ナツタノニ医師ニモ見セナカツタトスレバ不当デアルケレドモ発熱モセズ別段苦痛

モ訴ヘズ廊下ヲ歩イタリ外へ出タリシテ遊ンデ居タモノトスレバ下痢ノ為メ痩セタ

モノト思ヒ特ニ重大視シナイノハ無理ナイトコロデアリ従ツテAガ「歩行スラ困難

ナ状態ニナツタ」カ否カハ本件遺棄罪ノ成否ヲ判定スルニ付重要ナ事実デアル。果

シテ然ラバ原判決ハ虚無ノ証拠ニヨリ事実ヲ確定シタ違法ガアリ破毀ヲ免レナイモ

ノト信ズル」と云うのであるが、所論の「歩行スラ因難ノ状態ニナツタ」事実を被

告人が予審第二回及び第三回の訊問の際に供述した跡を見出すことのできないこと

はまことに所論のとおりである。とは云え、原判示中の右の如き記載は原判決が被

害者Aの当時の衰弱状態を摘示するために選んだ修辞的表現であること、原判文の

措辞の前後の関係より容易に理解することができしかも被害者Aの当時の衰弱状態

が、この修辞的表現に該当するものであつたことを原判決の挙示する証拠を綜合し

て優に証明し得る以上、たとへ所論の如く、被告人に対する予審第二回及び第三回

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訊問調書中に、被告人の供述として適確直接にその旨の記載がなくとも、以て原判

決は証拠によらずして事実を認定したと云うべきではない。論旨は理由がない。

同第四点原判決ハ上告人ガAヲ保護スベキ唯一ノ責任アル者デアルトコロ幼者タ

ル同人ノ生存ニ必要ナ保護ヲ与ヘズ因テ右Aヲシテ同年九月三日午前五時頃d寮ニ

オイテ栄養障碍ニヨル衰弱ノ為メ死亡スルニ至ラシメタモノトシ遺棄致死罪トシテ

処断シタ本件ヲ通覧スルトキAニ対スル保護ニ於テ遺憾ノ点アルヲ看取シ得ルノデ

アルガ之ハ抽象的ニ価値判断シタ場合ニ左様ニ感ゼラルルノデアツテ之ヲ本件ニ付

具体的ニ考察スルトキ上告人ハ決シテ悪意ガアツタノデハナクAノ下痢ヤ大小便ヲ

漏ラスノヲ治サウトシタモノデ、ソレガ教養ノナイ粗野ナ上告人デアリ下層ノ生活

ヲ為ス家庭デアル為斯様ナ形態トナツタモノニ外ナラズ。

(一) 先ズAハeニ来タ当初カラ毎夜ノヨウニ小便ヲ漏ラツテ居タコトヲ注意

スベキデアリ同人ハ泌尿疾患ヲ有シ胃腸症状ヲ伴ツテ居タコトハ想像ニ難クナイ。

ソレニ対シ父Fモ別段医療ヲサセタ事実ハナイ。然ルニ暖イ大分県下カラ寒イ新潟

県下へ寒サニ向ツタ十月頃来タ為メ漸次胃腸症状ガ亢進シ胃腸炎トナリ下痢ヲ初メ

大便ヲ漏ラス様ニナツタノデアル。之ヲ世話スル者ノ側ヨリ考ヘルトキ夜中寝床へ

小便ヲ漏シ又大便ヲ漏ラスノハ真ニ不潔ナルコトデアリソレモ七才トナツテ居レバ

気ノ持方ニヨツテハ相当程度避ケ得ラレルノデアルカラ実ノ親デモ大小便ヲ漏ラセ

バ叱ツタリ叩イタリスルノハ有リ勝チノコトデアツテマシテ生サヌ仲ノコトデアル

カラ毎日ノ様ニ大小便ノ後始末ヲサセラレルト叱ツタリ叩イタリスルノハ己ム無イ

事ト云フベク親トシテ子ノ躾ノ為メニモ為サネバナラナイトコロデアルカラ之ヲ以

テ直チニAヲ憎ミ辛ク当ツタモノト断定スルコトハ出来ナイ。又Aガ上告人ノ紙幣

ヲ盗ンデ破リ捨テタ際叩イタノモ同人ガ一度ナラズ再々其ノ様ナ事ヲスルノデ懲ラ

シメノ為メニシタコトデ之亦親トシテ当然ニ為スベキコトヲシタニ過ギズ特ニAヲ

憎ンデシタモノト断定スルコトハ出来ナイノデアル。

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(二) Aが下痢シテ大小便ヲ漏ラシタノニ対シ佐渡へ行ツタ折一回D医師ノ診

療ヲ受ケシメタニ止マツテ居ルガコレハAガ下痢ヲシタガ別段発熱モ伴ハズ苦痛ヲ

訴ヘモシナカツタノデ食事ヲ加減シテ自然ノ回復ヲ図ツタモノデアリ一般農家ニ於

テハ高熱ヤ苦痛ヲ伴フ疾病デナケレバ仲々医師ノ診療ヲ受ケルコトハ無イノガ普通

デ上告人モ農家ニ苦難ノ裡ニ育ツタ自己ノ経験カラ余程ノ病気デ無ケレバ医師ノ診

断ヲ受ケルコトハ無カツタノデソノ為メAノ場合モ食物ヲ節シテ自然ノ回復ヲ待ツ

ト云フ方法ヲ採ラシメタノデアル。上告人ノ生立ヲ見ルノニ幼時父ニ別レ其顔モ知

ラズ家ガ貧シイノデ六才ノ頃近在ノGト云フ家へ貰ハレテ行キ其処デ育テラレタガ

養家デハ尋常小学校モ子守ヲシ乍ラ時々行ク程度デ尋常二年迄行ツタニ過ギズ名前

ノHト云フノヲ片仮名デ漸ク書ケル丈ケデ読ミ書キハ出来ナイ状態デアル。母ハ上

告人ト弟ノIヲ残シテJト云フ稲鯨ノ百姓家へ後妻ニ行ツテ仕舞ツタ。十八才ノ頃

迄G方デ家業ノ手伝ヲシテ居リ其後a町へ出テ魚屋デ女中奉公ヲシ二十才ノ頃同町

ノKト云フ者ノ処へ嫁ニ行キ足掛四年許リ同棲シ同人トノ間ニEヲ生ミ次デLヲ妊

娠シタがKハ先妻ト手ヲ切ツテ居ラズ其ノ先妻ガ子供ヲ連レテ家へ這入リ込ンデ来

タノデ居ルコトガ出来ズ其処ヲ出テa町字fニ住ンデ居ル叔母ノCノ処へ厄介ニナ

ツテ居ル内子供ガ生マレタノデLト名付ケ籍ハKノ家へ入レ同家デ育ツテイル其ノ

中二十五六才ノ時同町ノ按摩業Mノ処へEヲ連子シテ再縁シタガ姑トノ折合ガ悪ク

六年許リ居テ離縁ニナツタMトノ間ニハL、Oノ二人ノ子カ出来タガMノ許へ置イ

テ出タノデアル其処デ又叔母ノCノ許デ二年位世話ニナツテイル中当時a町ノ護岸

工事デ働イテ居タNノ処へEヲ連子シテ後妻ニ貰ハレテ行キ今日ニ至ツタモノデア

ル(二〇一丁以下)故ニ上告人ハ幼少ノ頃カラ両親ニ離レ他人ノ許デ苦労ヲ重ネテ

来タノデアツテ食事モ粗食テ漸ク過シ窮乏ニ耐ヘテ来リ病気ニナツテモ余程ノ苦痛

ヲ伴ウ重態デナケレバ医師ノ診察ヲ受ケラレナイ境遇ヲ経テ居ツタノデ日頃カラ医

師ニカカルヨウナコトハ余程ノコトデナケレバ無ク決シテAノミヲ差別シタノデハ

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ナイ又上告人ハEハ出生以来手許デ育テLハ小学校へ上ル七才ノ時迄Oハ四才ニナ

ル迄手許デ育テテ来タガ三人トモ大シタ病気モセズ過シテ居リ(六六五丁)Fトノ

間ニ生レタPモ丈夫デ下痢ヲシタ事ガアルケレドモ皆ト一緒ノモノヲ食べサセ特別

ニ拵ヘテヤルコトハセナカツタ(六六六丁)下痢ハ食べ過ギカ食へ合セカ悪イトカ

ノ場合ニ起ルモノト考エテ居リ食物ヲ加減シテ居レバ治ルト信ジテ居タノデ食物ノ

加減スルノヲ常トシ夫レテ何時トナク下痢モ止マリ別段病勢ガ悪化スルコトモ無カ

ツタノデAニ対シテモ之ヲ実行シタニ過ギズ特ニ憎ンデシタコトデハナイ。上告人

ノ生立ガ衣食住共ニ耐乏ノ生活デアツタ丈コレガ普通デアルト信ジテ行ツタモノニ

外ナラズ、尋常二年迄ソレモ子守ノ合間ニ通ツタニ過ギズ読ミ書キモ出来ナイ上告

人デアルカラ日常生活ノ習慣ガソウサセタノハ已ム無イトコロデアル而モAニ対シ

テハ佐渡デD医師ノ診療ヲ受ケタトコロ食物ノ加減シテ食べ過キサセヌ様ニセヨト

ノ注意ヲ受ケAノ下痢ハ食物ヲ控へ目ニシテ居ルト信ジタ為同医師ノ言葉ヲ守ツテ

居タモノデeニ帰ツテカラ医師ノ診断ヲ受ケテ居ラナイノハ其為デアル。

(三)Aハ痩セテハイタが死亡ノ当日迄発熱モセズ別段苦痛モ訴エズ廊下ヲ歩イタ

リ外へ出タリシテ遊ンデイタノデ左程重大ナ容態デアルト気が付カナカツタモノデ

其処置ニ遺憾ナ点ガアルトシテモ其レハ過失デアルニ止マリAノ生存ニ必要ナ保護

ヲ与エナイト云フ考エハ少シモ無カツタモノト云ハネバナラナイ。

(四)上告人ハ夫ノ応召後五人ノ子供ヲ遺サレ二人ハ佐渡ノ叔母Q方エ預ケタガ之

ニハ月々ノ仕送リヲセネバナラズ手許ニハ三人ノ子供ガアリ一銭ノ収入モ無ク夫ガ

残シテ行ツタノハ預金ト現金ヲ合セテ金三千五百円デ其内応召ノ費用ニ五百円配給

品ノ支払ヒニ五百円出産や佐渡エ行ツタリ其他費用ニモ使ツテ千二三百円ヲ残スニ

過ギナイ状態デ此程度ノ入費が掛ルノデ夫ハ何時帰還スルヤラ或ハ戦死スルカモ知

レズ其間昭和二十年五月ニハIガ出生シ乳呑子ヲ抱エテハ働キニモ行ケズ生活ノ前

途ハ真ニ不安デアツタカラA丈ヲ特ニ療養サセルコトハ出来ナカツタ。

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(五)而モeハ交通不便ナトコ口でアツテ配給品以外ノ食物ヲ得ルコトハ出来ズ買

出ニ行クコトハ家計上許サレズ食物ノ片寄ルノハ已ム無イトコロデ当時全国民ガ自

然ニ栄養失調ヲ来タシテ居タノト同様Aモ徐々ニ栄養失調ノ状況ニアツタモノト想

像セラレソレガ胃腸が弱カツタ丈ケニ他ノ子供ヨリモ影響スルトコロガ多カツタモ

ノト云フベク上告人ノ家計ノ下ニ於テ之ヲ免カレル方途トテモ無カツタノデアル。

(六)又当時ハ戦争モ敗戦ノ傾向強クナリ空襲ハ激化シ昼夜ヲ分タズ空襲警報が発

セラレテ皆之ニ焦心セル時デアリB廿九ノ来襲ハ頻々トアリ上告人モA其他三人ノ

子供ノ生存ヲ護ルニ急デ充分ノ注意ヲ与ヘラレナイ状況ニアツタコトモ考量セネバ

ナラナイ。

(七)此間ニ在テAハ毎夜ノ様ニ小便ヲ漏ラシ次イテ大便ヲモ処構ハズ漏ラス有様

デアツタカラ三月頃迄ノ寒イ間ハ小便ヲ漏セバ冷ナイ様ニ炬燵ニ当テテ暖メル様ニ

シ其癖ヲ直サウト努メタガ四月ニナリ暖クナツテモ其癖ハ直ラズ大小便ヲモ漏ラス

コトガ多クナツタノデ上告人モ漸次Aニ対スル興味ガ薄クナツタコトハ争ハレナイ

(二二五丁)ガ之ハ素質ノ悪イ小供ニ対スル吾人ノ通有性デアリ独リ上告人ヲ責メ

ルコトハ出来ナイ数エ年十四才ノEノ外七才ノA三才ノP当才ノIヲ抱エテ生活不

安ト闘ツテ居ル上告人ニ充分ナAノ療養ヲ期待スルノガ無理デアル凡ソ保護者ガ幼

児ニ対シテ尽スベキ保護ノ程度ハ其具体的事情ニヨツテ差異ガアルノハ当然デアリ

上記ノ事情ニ於テハ上告人ガ悪意ヲ以テ遺棄シタモノト断スルノハ早計デアル其保

護ニ於テハ及バザルトコロガアツタトシテモ其レハ悪意ニ出テタモノデハナク其境

遇、教養ノ不足当時ノ緊迫シタ戦時生活ガ不知不識ノ間ニモタラシタモノト云ハネ

バナラナイ実際ノ結果カライツテモ斯様ナ事情ノ下ニ発生シタ事実ニ対シ三年ノ懲

役刑ヲ科シ保護ヲ欠クコトノ出来ナイPヤIカラ母親ヲ奪ヒ去ルノハ酷ニ過ギル、

原審ガ上告人ヲ遺棄致死罪ニ問擬シタノハ犯意ナキ行為ヲ処罰シタ違法ガアリ破毀

ヲ免カレナイモノト信ズル」と云ふのであるが所論は要するに、被告人に犯意がな

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かつたと云う主張である。しかし被告人に犯意がなかつたと云う主張は、畢竟原判

決の事実認定を非難するわけであるから論旨は日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法

の応急的措置に関する法律第十三条第二項の規定により適法な上告の理由ではない。

従つて、論旨は理由なきものと云はなくてはならない。

以上の理由により刑事訴訟法第四百四十六条に則り主文の如く判決する。

この判決は裁判官の全員一致の意見によるものである。

検察官宮本増蔵関与

昭和二十二年十一月二十一日

最高裁判所第二小法廷

裁判長裁判官 塚 崎 直 義

裁判官 霜 山 精 一

裁判官 栗 山 茂

裁判官 小 谷 勝 重

裁判官 藤 田 八 郎

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